裏山に入ると、気持ちが落ち着いてきます。自然の中に入って、ただ居るだけでいいのです。同じ道を同じように歩いているだけですが、飽きるということがないのです。
春になれば、満開の一本桜に出会うことができます。
道端の草花は、季節によって変わり、小鳥のさえずりも心地よいのです。空気も同じではないのです。
秋になれば、虫の音に耳を澄ませます。ススキが風に揺れているのもいいものです。
こうした風景を、一人で味わいます。自然と一体となる時間であり、句を作る時でもあります。
いつ行っても、新鮮な感動に巡り合うことができるのです。月に1、2回行っています。
このエッセイは、6月に書いたものから、月に1回くらい掲載するようにしたいと思っています。
(令和2年7月15日記)
10月に入ってからの裏山散歩は、知らないうちに秋の空気になっている。裏山に出かけると、道々の草花に目が行き、季節の移り変わりを実感することができるが、ここのところ、それを感じないままに過ごしていた。
道端には赤まんまが見え、柿の実も落ちていた。その柿の色が、何とも真っ赤であった。しばらく裏山散歩に出ていなかったので、いきなりの柿の実を見たという感じであった。
真っ赤な夕日に染まった柿の実が落ちてる
畑の土手には、ススキの穂が風に揺れ、もうすっかり秋であると思わせる。車で通り過ぎているだけでは、こうして風には、感じられない。
三か月前までは、月に何日かは、裏山散歩に出ていたので、自然を身近に感じられていたが、間を開けてしまうと、突然のススキであり、柿のみであり、赤まんまである。
橋の近くに来ると、煙のにおいがする。農家の庭で、枯れ草などを燃しているのであろうか。なつかしい匂いである。2、3日前に台風が近づいたので、その風で、枝葉が落ち、それを燃しているのであろうか。ほんの少し離れているだけで、街中ではそうしたことが分からない。
橋を渡り、道祖神さまに挨拶をし、畑の道に入る。ここから山の道に入っていく。まぶしいほどの西日が右手から、まっすぐに差し込んでいる。
右に畑には、サトイモの葉が大きく見え、その手前の黄花コスモスは、この前の台風で倒れていた。
右の畑は、五列に赤と黄色と交互にケイトウの花が並んでおり、その向こうには、菊の花が幾列にも並んでいる。まだ花はつけていないが、咲き出そうとする勢いを感じて、心地よい。
右手の奥の野原の向こうには、去年も咲いていた、美しいコスモスのひと群れが見えている。コスモスは、風と一つになっている、ピンクと白のしなやかに咲いているのがいい。
山の入り口に入ると、何と、台風で落ちた葉や枝に覆われているので、びっくりした。山の中では、自然の力を見せつけられている。山の中の動植物は直接、風雨に会い、この中でこの嵐をやり過ごしているのである。
人間は、昔のように台風に供えなくても、家の中で過ごすことができるので、少しくらいの風や雨では、その自然の力が分からないままに過ごしてしまう。
山道を、息を切らしながら登っていくと、木々に覆われた中で、大きな枝や大きな木が倒れているところもある。道を横断するように倒れている、大きな木を乗り越えていく。
丘陵の道に出ると、やっと開け、一息つける。遠くの海も見えている。穏やかな日差しの中にある。
右に折れていく道は、枝葉があるものの、いつもの姿である。時折、小鳥のさえずりも聞く。ただ静かな西日の中を歩いていく。誰もいない、この静けさがいい。
一本桜に来ると、幹に手を置き、挨拶をしていく。幹には、蜘蛛がひっそりとしていた。
道を下っていくと、山並みが見えるところまで来る。虹色のような筋雲がかかっている。
いつもは、そこから更に下への山道を行くが、今日は大回りをして、生活道路を歩いていくことにした。
約4、50分の裏山散歩である。しっとり汗をかく、気持ちのよいひとときである。
(令和3年10月4日記)
6月2日以降の裏山散歩である。来たいと思いながら、3ヶ月が経ってしまった。次女のエリカが第二子の出産で、里帰りしていたので、上の長男の栄太(2歳)の子守のため、裏山散歩に出かけることが出来なかったのである。
その前にも一度、7月か、8月か、忘れてしまったが、栄太を乳母車に乗せて、ひとまわりしたが、この時は、散歩というより、山の坂道を目いっぱいの力で押し上げていったので、汗びっしょりになってきただけの印象である。
午後3時を過ぎていたかもしれないが、栄太の手を引いて、家からずっと歩いて行った。途中で、おんぶか抱っこをするかと思っていたが、最後まで歩きとおした。
山の入り口までは、畑の道を歩き、山に入ると暗くなり、雨にぬれた枯枝があちこちに落ちていた。ここ雨の日が続いていたので、湿っぽく、蚊がたくさん顔の周りにくる。
栄太には帽子をかぶせ、手で払いながら登り切った。登り坂でも、栄太の足取りは変わらず、丘陵に出ることができた。蚊は、しばらくつきまとっていたが、そのうち離れて行った。
丘陵の道を右に折れると、土の山道になり、その道の真ん中の草が伸びており、栄太は、それを踏むが楽しいらしい。
子の背丈ほど伸びている草を踏みながらいく
下り始めると、エリカが向こうから来た。一緒に歩きたかったらしいが、妻が帰ってきたので、赤ちゃんの凛之助のお守を頼んで、反対側から来たのである。やはり蚊にまとわりつかれようであり、道も暗かったので少し怖かったという。
それにしても、少しでも山の空気に触れるだけで、何かホッとするのである。
3人で、エリカの来た道をゆっくり降りていく。
エリカは、この道は中学校時代陸上部だったので、よく走ったという。ここをどこまでも行くと、中学校に通じるのである。
(令和3年9月10日記)
夜明け前に雨戸を開け、外の空気を入れる。ひんやりとして心地よい。澄んだ空気を通って、遠くの森からさえずりも聞こえてくる。
夜明けの空気は新鮮で、透き通っているように思う。それを、大きな呼吸をして、この体の中にも入れていく。
このひと時は、かけがえのないものである。
お昼前に、母の家に行き、掃除、洗濯、食事の支度等をして帰ってきたが、何か疲れてしまい、しばらく横になっていた。
夕方4時過ぎに、裏山散歩に出かける気持ちになる。天気が良く、外はまだまだ明るい。
歩き始めると、山から鶯が啼いているのが聞こえてくる。道端には梅の実がたくさん落ちている。また、ドクダミの花が目につく。
山の中に入ると、急に静かになる。登りの坂はきついので、ゆっくりである。小鳥のさえずりもしないし、花の姿が見えない。シャガの花はもうとっくに見えなくなってしまっている。
15分位で丘陵の道に出ると、景色が広がるので、気持ちが明るくなる。鶯も鳴いてくれている。
遠くに海も見え、畑から草燃すけむりが漂っている。こうした風景に出会うから、この散歩は止められない。
岡山の池畑さんと毎週、何回も手紙のやり取りをしているが、この頃は、ウォーキングのことが主な内容になっている。今日もこのことを書いて送った。
とおくに海が見え 草燃すけむりただよう
平坦な丘陵の道端には、ドクダミと紫陽花が咲いている。いつも途中の一本桜の幹に手を触れ、挨拶をしていくが、その下には、ホタルブクロがポツンと一つ見えている。
これが、毎年楽しみである。この道には、ここ以外には咲いていないので、この時期になると、草むらの中を探すのである。
鶯のなく草むらにホタルブクロ
ハルジオンの花は、枯れ始めているが、まだ少し咲き残っているところに、白い蝶が止まっている。また、ちょうがところどころで舞っているのも楽しい。
枯れ始めたハルジオンの花に チョウの羽根とじる
今日は3句を得た。散歩しながら、浮かんでくる句が楽しみである。浮かんでこない時には、無理に作ろうとするが、そうした句は、面白くない。作った句になってしまうからである。
道々、今読んでいる鎌田茂雄著「正法眼蔵随聞記講話」に書いてあることを、思い出したりしていた。道元禅師は、坐禅を生活のすべてとし、その生活以外にはないと、断固として言い切っているので、それを読む人に迷いはなくなる。それほどに徹底しているのである。
しかし、それ故に、寿命を縮めてしまったともいえるように思えてならない。
鎌田氏の書かれている内容に、引き付けられてしまうので、他の本も買いそろえている。時々、パラパラと読ませていただいている。その内容は難しいように思えるが、言われていることは、よく分かる気がする。
道元禅師のような生き方は難しいが、そうした徹底した気持ちが必要であることを、切々を訴えられているように思う。
また、引用している話がとても面白いのである。今日読んだ中では、一遍上人の次の道歌が印象に残っている。ひとたび南無阿弥陀仏と唱えれば、自分は自分であって、自分でないということである。
となふれば仏もわれもなかりけり
南無阿弥陀仏なむあみだ仏
(令和3年6月4日記)
一昨日に続いて、今日も裏山散歩に出たいと思っていたので、午後3時半過ぎに家を出る。小雨が降っており、傘をさして出かける。
道はしっとりと濡れ、冬枯れの裏山を見て、歩いていく。小さな橋の近くに来ると、梅の花が見えてくる。通り過ぎていく農家の庭にも、梅が咲き始めていることに気づいた。梅の咲いているまわりは明るい。春を呼び寄せているようだ。
見上げればここにも梅がほころぶ
遠くからも明るい梅が春を呼ぶ
橋を渡り、道祖神様に挨拶をし、いくつも落ちている椿の花を、踏まないように歩いていく。
一面の畑の道に出ると、あたりが急に明るくなり、振り返ってみると、空は青空になっている。
山に入っても、明るく、時折、小鳥のさえずりも聞こえてくる。濡れている山道を、気持ちよく登ることができる。
しばらく登りが続くので、息が切れるが、休まずに、丘陵の道まで登り切ることができた。青空は、こちらの方まで広がってきている。
丘陵の道を右に折れ、土の道歩いていく。
猫柳が、白く光っているように咲き始めている畑まで来る。ここでも春が来たことを告げてくれている。
一本桜では、いつものように、幹に手を置き、その温もりを感じつつ、「いつもありがとうございます」、と声をかけていく。
しばらく行くと、道に水たまりが見えてくる。アスファルトの道では、こうした水たまりは見ることがない。近づくと、山の木々を写し、晴れてきた青空を写している。
水たまりには晴れてきた青空夕空
ただただ静かな道を一人で歩いていく。何とも贅沢なことに思う。
そうしていると、今日の夜明け前の寝禅のことが思い出された。それは、「ぎゃらりーぜん」での、新聞のちぎり絵の展示会のことである。なぜ、それが浮かんできたのか分からないが、ちぎり絵だけではなく、句もちぎり絵で出すことになり、その方法まで浮かんできた。
それは、大きな和紙に句を書いて、その字の上に新聞のちぎった色を貼っていくというものである。
考えもしなかったことで、不思議に思いながらも、また、面白いこととも思った。
雨の上がった夕空が晴れ、気持ちよく歩くことができた。冬枯れの道ではあるが、よく見れば、もう若葉が見えている。
季節の移り変わりを、こうして歩くことで実感することができることが、新鮮な気持ちにもしてくれる。
山並みにが一望できるところまで来ると、うっすら山に雲がかかっているが、空は青く、その雲はゆっくりと流れている。
雲があがり雨があがり明るくなっていく山並み
45分ほど歩いて、帰宅した。5分もすれば沸いてしまう風呂に、外が明るいうちに入ることができた。
(令和3年1月28日記)
11月は15日に1回裏山に行き、12月に入ってからは、今日がはじめてである。
11月は、次女のエリカが二人目の子を身ごもり、つわりで難儀しているというので、2週間ほど上の子(栄太1歳)と一緒にきていた。
12月4日(金)の正午過ぎに、藤澤市の家まで妻と2人で、車で送っていった。翌日は、用事があるというので帰宅したのである。
約1ケ月ぶりの裏山散歩である。
今日はテレワークの日で、朝方、道路から庭へ入る段差をなくすために、昨日買っておいたものを、妻と2人で取りつけてから、仕事を始めた。
1日、雑用も含めて、パソコンの前にいたので、体を動かしたくなり、午後4時頃出かけた。暗くなる前に戻りたいので、少し早歩きをしていった。
小さな橋を渡り、道祖神さまに挨拶をしてから、畑への道へ入る。ここからの裏山の紅葉が美しい。空はまだ日が残っており、うっすらとした雲は、夕焼けに染まっている。空気は少し冷たいが、こうした景色を見ることで元気が出てくるように思う。
畑のけむりただよう裏山のもみじに夕日のさしている
こうした自然の姿の美しさは、何事にも代えがたいものである。
畑の中の一本道を通っていくと、長ネギとダイコンが植えられている。
裏山があり、その麓に畑があり、そして、少し離れたところに農家がある。街は、ずっと先にある。そうした風景が懐かしいのである。ここには、まだそれが残っている。
山の道に入ると、静かで、小鳥のさえずりもしない。時折、空をカラスが鳴き渡っていくばかりである。
徐々に坂道がきつくなるが、息切れはするものの休まずに、10分ほど登ることができた。これは、現在の体力を知ることになる。
そうして、丘陵の平坦な道に出ると、右に曲がり、土の細い道をたどっていく。石祠のところでは頭を下げて、通り過ぎていく。
左手に、遠く海がかすんでいるが、いくつもの波が寄せているように見えている。
その手前の小さな畑には、鍬が入り、土が生き生きとしている。そこには、何か整然と植えられていた。土の耕されていない畑は、さみしいものである。
一本桜まで来ると、久しぶりに幹に手を置き、言葉をかけていく。木の温もりにほっとさせられる。
山道は、紅葉した木々の葉が覆い、その上をカサコソと音をさせて歩いていく。
道が下り始めると開けて、そこからは、山並みが見える。その山並みから少し離れて、富士が見えている。
山並みから少し離れて富士の向こうに日の隠れていく明るさ
帰宅すると、五行歌の方から手紙が来ており、一つ作って送ってくださいというので、この風景を詠んだものを書いて送った。初めての五行歌である。
12月20日の日曜日に小田原で定例会があり、そこに誘われたので、参加することになっていた。
日の暮れていく
山並みを
離れて
富士はうっすらと
夕焼けている
(令和2年12月8日記)
午後3時45分頃、家を出て、裏山散歩に出る。午後4時半ころに帰宅する。今日のコースはだいたい45分である。
半月くらい出ていないことになるが、気持ちとしては、週に一度は行きたいと思っている。今月は、1日から3日まで、江島屋の蔵のギャラリーでの、自由律俳句の展示会があったので、その準備などで、出られなかった。
半月、出ないと、景色の様子がつながらなくなってしまう。
この続きを、12月8日に書こうとしたが、ノートにメモもしていなかったので、忘れてしまっている。句は書き留めていたので、それを書いて終わることにする。
遠くの海の島かげのうえに小さな白い雲
桜の木の幹に手を当てているその温もり
(令和2年12月8日記)
今日は午前中に谷峨の圓通寺での写経であったが、国道が渋滞しており、途中で引き返してしまった。無理をしていっても、写経は終わってしまう時間だからである。
これほどの渋滞は、はじめてである。ゴーツーキャンペーンの影響か。仕方がないので、南足柄市に、道の駅が新しくできたというので、そこに寄っていくことにした。そちらへの道は、空いていた。
帰宅して、昼食を取った後、ギャラリ―ぜんへ、この1日に終わった展示の作品を引き取りに行く。月をテーマにした展示会であったので、住宅顕信さんの月の句を展示させてもらった。1人でも2人でもよいので、顕信さんの句を知ってもらいたいと思っての展示であった。
岡山の池畑秀一さんからの便りで、今度、顕信さんの句集が中国訳で出版されることになるようである。その担当の人が、今月の24日に中国から来るので、あちこち案内されるそうである。住宅家で、その話が進むのではないかと思う。楽しみである
午後は、11月にも俳句の展示会をするので、その準備をした。
午後3時半過ぎに、裏山散歩に出かけた。
この散歩は、俳句を作るためにはじめたが、今は、句づくりと運動と半々である。ともかく気持ちがよいので続くのである。山の空気に触れることで、気持ちがリフレッシュされる。
道を歩いていくと、農家の庭で、枯草を燃している煙が漂ってくる。その匂いがよい。その先の道には、柿の葉がたくさん落ちている。
以前、農家の庭の敷地に建てられていた借家に住んでいたことがあるが、その家の裏には柿の木があり、その葉っぱの色具合を楽しんでいたことを思い出した。
柿の葉の一枚一枚が、夕焼けの農村の風景のようで、とても楽しいものである。
そこを過ぎると、小さな橋に出る。沢の水が、とてもきれいである。道祖神さまに挨拶をしてから、先の道へ行く。一面の畑の道に出ると。左手には、菊の花がつぼみで、その向こうには、赤と黄色のケイトウの花が並んでいる。
右手には、畑仕事をしている農婦がおり、頭を下げていく。さらにその一本道を行くと、広い畑一面草がきれいに刈られている。そこには、しばらく前までは、赤とんぼがたくさん群れていたが、もういなくなっている。
土手には彼岸花が咲き並んでおり、その先に、コスモスのひと群れ咲いている。とても美しく、絵になる風景である。
一面の畑の草刈ってある向こうにコスモスのひと群れ
彼岸花の土手をたどればコスモスの花
山に入ると、静かである。空には、カラスが鳴くばかりである。あれほど盛んに鳴いていた、ツクツクボーシも聞こえない。自然は、日に日に変化している。人間も、本当は日に日に変化しているのであるが、その変化が少しずつなので分からない。
息切れがするが、休まず丘陵の道へ出ることができた。15分ほどの登っていく道である。この登りで、その日の体調をみることもできる。
丘陵の道に出ると、右に曲がり、石祠のある所に来ると、虫の音が聞こえてくる。カラスは相変わらず鳴き渡っている。小鳥のさえずりはせず、虫の声は先ほどの所だけである。
一本桜を過ぎ、しばらく行くと、ある大学の植樹林があり、そこには、昔からの石の祠もある。それをよく見ると、石でできた水飲みもある。石祠で、こうした水飲みははじめて見た。
何度も通っていても、気が付かないことがあるものである。
同じ道を何度歩いても、飽きることがない。いつも新鮮な気持ちになることができる。それが、うれしく、ありがたいことである。自然の懐の深さであろうと思う。四季の移り変わりもあり、気持ちもその日によって違うこともあろう。
道にはアザミの花が見えたり、赤まんまも見える。また、アジサイの花はもう枯れているが、その中に、まだ紫色にほんのり残っているのも見えたりする。
ただただ、自分の足音だけを聞きながら、歩いていく道は、それはそれで気持ちがよい。
帰りの道の最後にも、小さな橋を渡って、生活道路に出ていくが、その沢の水の清らかなことに、気持ちも洗われる思いがする。
沢の水の清らかさに胸が洗われる
(令和2年10月3日記)
午後5時30分頃、朝からテレワークでパソコンの前に坐っていたので、裏山散歩に出かけることにした。
8月はじめに、右足の小指を剥離骨折したので、裏山散歩は控えていた。庭の下水の蓋が砂利で緩んでおり、そこに足を突っ込んでしまったのである。思いのほかに深かったので、その衝撃が大きかった。その夜は、痛みで眠れずに過ごす。
仕事が一段落したので、時間が遅かったが、何とか明るいうちに行って戻れる、ぎりぎりの時間であった。
空は曇り空であったが、少し早歩きで行った。
橋の袂に来ると、道祖神さまに挨拶をして、畑の道に入る。左手には一面に、菊の花がつぼみを持って、きれいに整然と並んでいた。
畑の真ん中の一本道を行き、もう薄暗くなっている山の中に入る。そこは、ツクツクボーシの世界であった。いくつにも重なり合う、その鳴き声に包まれるようにして、ゆっくり歩いて行った。
山道を登り始め、中ほどまで来ると、ヒグラシも聞こえてくる。ほっとする。
丘陵の道まで登りきると、右に折れていく。ここでは、小さな虫の声が、かすかに聞こえてくる。また、景色が開けているので、気持ちも明るくなる。
ひと月来ていなかったが、もうすっかり秋になっている。
しばらく歩いていくと、またツクツクボーシが聞こえてくる。
いつもの一本桜のところに来ると、幹に手を置き、いつものように挨拶をした。その根元に、細い竹にでんでんむしがついている。登山客が通りすがりに、置いていったのかもしれない。
細い竹にじっとつかまっているでんでんむしよ
少しずつ暗くなっているので、足を速めた。
久しぶりの汗が心地よい。広い道に出ると、山並みが一望できる。いただきは雲に覆われていた。
丘陵を下りきった栗林には、たくさんのイガグリが落ちている。
(令和2年9月13日 井上記)
裏山への途中、妻の借りている畑に寄り、オクラがなっているのをはじめて見ることができた。ただおいしいと食べていたオクラは、想像していたより、しっかりした茎に付いていた。その茎から直接なっているのである。何となくぶら下がっているイメージを持っていたので、以外であった。
また元の道路に戻ると、百合が道の端に咲いている。ここは、元々家が建っていて、その裏庭であったところである。もう30年前のことであるが、まだ上の子どもが小学生の頃、集団登校の集合場所の近くにあったので、よく覚えている。
その頃、この家は空き家であり、その後も、長いことそのままであったが、今は駐車場になっている。しかし、車は止まっておらず、空き地のようだ。
その角を曲がると、田舎道になる。この辺では一軒しかなかった雑貨屋だった店があり、今は閉めているが、ここの柿の葉が落ちはじめている。
小さな川の橋の袂の道祖神さまに挨拶をしてから、畑への道に入る。三体並んで祀られており、苔むした味わい深い姿をしておられる。
もう何年もこうして同じ道を通らせてもらっているが、飽きるということがないのが、不思議である。自然は、少しずつ変化していることもあるが、いのちのふるさとであるからかもしれない。
畑の広がる一本道では、いつも立ち止まって深呼吸をしたくなる景色が広がる。自然のままでは、こうした景色とはならない。農家があり、そして、畑があり、その裏に山が控えている。これは、人間の暮らしと自然との調和した姿であろう。
赤とんぼが飛び交っている。今年初めて見る。
手に届かぬ高さに赤とんぼ飛び交う
畑には、また菊がたくさん何列にも植えられている。8月のお盆用である。市内では7月にする地域と、8月にする地域がある。タバコ栽培が盛んだったころの名残である。今は一軒もタバコ栽培をしている農家はないが。
山に入ると、道はまだ湿っている。山道の枝葉は濡れている。この前は百合が咲いていたが、もう山の中には見えない。どうしことであろうか。
しばらく登ると、蜩が鳴いてくれている。何とも天の計らいは、色々なものを用意されている。人間を慰めるためのものではないが、慰められるのである。
登るほどにヒグラシの鳴いている
静かな気持ちになって、丘陵の道まで登りきることができた。その道を左に行く。左には、ユリの花を育てているエリアがあるが、もう一輪の花も咲いていなかった。
そこを過ぎると、遠くに隣町が見え、その向こうに海が広がっている。
ここには自然薯の栽培している山小屋があり、今度、この自然薯を買ってみようと思っている。11月から2月まで販売している。
そこを過ぎると、小さな畑を育てている農夫がおり、妻が時々声をかけるので、キュウリとピーマンを持っていくようにと言ってくれる。ありがたく、それをいただいてきた。
いただいた袋はピーマンとキュウリの形
小さな湖の上の道を歩いていくと、鶯が鳴いている。まだ鳴いているのかと思い、嬉しくなる。
日差しを遮るものはなくなっているが、それだけに、このあたりからの山並みの一望はすばらしい。
ここから道はくだりはじめている。畑で枯草を燃している煙が、一面にただよっており、その懐かしいような匂いの中を歩いて行った。
畑のけむりゆっくり右に左にただよう
(令和2年8月4日 井上記)
5月は、テレワークもあり、裏山散歩によく出ていたが、6月は梅雨に入り、出足が鈍ってきてしまった。7月も中旬になり、やっと出かける気持ちになった。
ここは、山に入るといっても、15分ほど登れば、丘陵の平坦な道に出る。しかし、その間、山の雰囲気は充分に堪能できる。
木々に覆われた山の空気の静けさといい、しっとりとした落ち着きはありがたいものである。
夕方は、今にも雨が降ってきそうな空模様になってきたが、1時間くらいは持つかもしれないと思って出かけた。念のために折り畳みの傘を持って行く。
夜中は大雨と雷で、何度も目が覚めるほどであったので、道路はまだ濡れていた。朝になると、雨はやみ、少し陽が射したりもした。
普段であれば、雷が鳴れば梅雨明けになるが、ここのところの天気は、異常なので、まだ梅雨明けは先のようである。
それにしても、九州、岐阜、長野と、豪雨による被害は大変なものである。家の中は天上にまで水が入ったという。住めるようになるには、どのくらい時間がかかるのであろうか。
新型コロナウイルスとのダブルパンチであり、避難所もそうした配慮が必要となっている。ボランティアも他県からは募集しないようであり、不足気味という。高齢者が多いので、ボランティアは欠かせないのであろうと思う。
山道に入ると、水の流れた後が分かるように、枝葉が残っている。
鶯か、時折、さえずりが聞こえる。何か、ほっとする。いつも思うことであるが、こうした大雨のような時は、小鳥たちはどのように凌いでいるのであろうか。
小鳥たちや動物は、当たり前のように過ごしているだけで、凌ぐというような気持ちはなく、それなりにやり過ごしているのであろうと思うが。
丘陵の道まで登りきると、今日は、左の道を行くことにした。
なだらかな道となり、うつむき加減で歩いていると、百合の匂いがしてくる。ふと顔を上げると、左手の林の中に白百合がたくさん咲いていた。
ここは百合を植えて、保護しているところである。
うつむている顔に百合匂う
花の香りも気持ちが和む。さえずりや花の香に出会えるのも、こうして登って来たからであり、近くにある自然に感謝である。
山があり、畑があり、家がある。山と家の間に畑があることが嬉しい。畑があって、農家がある。そうした風景はなつかしい。
今は、その農家の周りに一般の住宅が立ち並んでいる。それは、こうした風景には溶け込みにくいが、それも時代である。
湖の上の道を行くと、左手の広々とした畑には、肥料用のトウモロコシが植えられている。もう刈り取るばかりであろう。
その向こうの畑からは、遠く海が見え、腰の曲がった農婦がひとり小さく鍬を振るっている。
遠くに海が見え腰の曲がった農婦は鍬ふるう
ここからは、山並みを一望し、曲がりくねった道を降りていくことになる。スギナもところどころにまだ残っている。先月、スギナを取って、乾かしてあるので、そのお茶をヨガの人たちと飲もうと思っている。
スギナの繁殖力のある生命力をいただくお茶は、珪酸を多く含んでいるという。止血作用もあり、内臓にできる結石やがん性の肉腫などにも有効だといい、余計なものを溶かして流す作用があるらしい。
スギナは、お茶として飲むには長く煎じることではなく、熱湯を急須にいれて、数分置いたものをいただくという。
農家の並んでいる道に出ると、広い農家の隅に、石碑が立っている家がある。若くして戦死した二等兵の留魂碑なのであろうと思う。当時は、戦死は名誉なことで、人前では嘆き悲しむことができず、せめて、碑を建てて、戻ってくることができるようにした、親の切なる気持ちであろうと思う。
こうした留魂碑は、今は空き地になっているが、以前は家が建っていたところにも建っている。
武器を売って儲ける人など以外は、戦争をして、よくなる人は一人もいないであろう。悲しい思いをするだけである。2度と戦争をしてはいけないことを、こうした石碑は黙って語っている。
帰りには、妻の借りている畑に寄り、キュウリをもいでいった。もうキュウリも終わりのようだ。
(令和2年7月14日 井上記)
令和2年6月1日(月)晴れ
朝から天気がよかったので、夕方は裏山散歩に出かけようと思っていた。午後は、「ギョラリーぜん」に寄り、妻の借りている畑の肥料として牛糞を買っていった。
家で人心地してから、午後5時前であろうか。裏山へ出かけて行った。空はまだ青く、気持ちのよい日の暮れである。
家を出てからの道端のドクダミは、もう勢いがなくなりつつあるが、まだ白い花が目立っている。ドクダミのお茶で助けられたので、ドクダミ菩薩と思っている。
このドクダミ菩薩様を、新聞のちぎり絵で作成してみた。よくはできなかったが、それはそれでよしとした。
小さな橋を渡り、畑の真ん中の道を歩いていく。まだ夕日がさしていないが、この開けた風景がとても気持ちがよい。裏山からはうぐいすが啼いている。
山に入ると、静けさが漂っている。山の中もまだ暗くはなく、一歩一歩登っていく。この登りが大変であるが、これで足を鍛えることにもなっているように思う。
坂を登りきると、右に折れて行く。ここからうぐいすがよく啼いてくれている。誰も通らない静けさに、気持ちが内に向いてくる。
いろいろ考えたいたためか、一本桜のところで立ち止まることなく、通り過ぎてしまった。いつもは、幹に手を置き、「いつもありがとう」と言葉をかけていくが、この日は、行き過ぎて戻ってからあいさつをしていった。
この道のアジサイは、数日前まで、これほど生き生きとしていなかったが、今日は見入ってしまった。何でもそうであるが、一番美しい時があり、今日がその時であろうと思った。
この道に咲いているものは、紫色のものばかりである。咲き始めの頃は、いろいろな色があればにぎやかでよいのに、と思っていたが、こうした新鮮なアジサイを見ると、そうした気持ちはなくなってしまうから不思議である。
色を楽しむというより、いのちを感じることで、体に元気が湧いてくるのである。
道が下り始めると、夕日の木漏れ日の中に、白いちょうが舞っている。それを見て、句が浮かび、思わず手を叩いて喜んでしまった。
木漏れ日の中 ちょう瞬きをして舞う
喜びの手をたたけば 森に響き渡る
夕日のさしている少し暗がりの木々のトンネルで、ちょうが瞬きをしているように羽根を動かして舞っていた。その姿を見た瞬間に浮かんだので、うれしかったのである。
大した句ではないが、瞬間に浮かんだことに喜んだのである。
さらに下っていくと、道端の草むらには、蛇イチゴがあちこちに見えている。
草むらに蛇イチゴ赤く 裏は竹やぶ
さらに竹藪をみながら、下の道まで降りていく。ここでも、うぐいすがよく啼いている。
(令和2年6月1日記)
令和3年2月3日(水)晴れ
2月に入って、今また裏山散歩に出ることができる。ありがたいことだ。気持ちに、ゆとりがあるということである。
タイの仏教では、今を大事にするという。この今を生かすには、頭を使わないことである。頭を使うと、今ではなく、将来の為に何かをする、というようになりかねないからである。
今ありがたい、今ありがたい、ということで過ごしたいものである。
午前中は、テレワークをし、午後、母の家に行き、掃除、洗濯などをして帰宅する。また少し、被害妄想が出ているようである。そうした時には、熱中症と同じようなもので、頭の水分が不足しているので、水をしっかり飲むように話した。帰りがけに、一緒に、足腰を鍛える運動をしていった。
午後4時頃、家を出る。もう30分早く出かけたかったが、洗濯物を取り込んだり、風呂の掃除をしたりして、遅くなってしまった。妻は今日出かけており、夕方帰るという。
日は少しかげっているが、それでも、まだ明るいうちに、出かけることができた。
今朝の読売新聞の編集手帳に、「探梅」と言う言葉が出ていた。まさに今そういう時期である。春を見つけるために、梅のほころびを探すというのである。
この裏山散歩に出るのは、そうした梅のほころびに出会える喜びもある。小さな橋の袂には、白梅がほころび、それだけで、気持ちが明るくなる。
道祖神様に挨拶をし、橋を渡り、竹藪をくぐり、一面の畑の道に出る。日は沈みかけているが、山の中はまだ明るい。息を切らせて、丘陵の道まで登り切る。
そこから右に折れ、細い土の道を歩く。ススキが、畑の土手に2、3本枯れ残っており、夕日の淡い光を含んでいる。その向こうには、頂を雲が隠している富士を間近に見ることができる。
一本桜の所に来ると、幹に手を置き、挨拶をして行く。そして、その先の藪の中には、紅梅がいくつか咲き始めているではないか。こんなところにと思うが、咲いて、はじめて気が付くことである。
こんな藪の中に紅梅ほころぶ
さらに、なだらかな上り下りの山道を淡々と歩いていくと、左手の奥の遠くに島影がうっすら見えている。その手前の海も、穏やかにのびのびと広がっている。
とおく島影が見え おだやかな春の海
山道を下ると、山並みを一望できるところで足を止めて、しばらく眺めている。街の明かりもちらちらし始めている。
そこから、10分ほどで、家に戻るが、その途中の畑には、2本の大きな紅梅が、咲きほこっている。見上げる夕空に、よく映えている。
(令和3年2月4日記)
令和3年3月6日(土)曇り
午前10時半からの西公民館での静坐会で参坐する。講師の岡野先生ご夫妻を含めて6人で30分坐る。はやり一人で坐るよりも気持ちがよい。
静坐の後、岡野先生から坂村真民先生の詩を二つ紹介していただいた。
腹の立つ時は
石を見よ
千万年も黙って
濁世のなかに
坐り続けている
石を思え
という「石を思え」と、次の、「大木を仰げ」である。
大木を仰げ
あの
忍従の
歳月と
孤独とを
思え
その後、丹田に力を入れることについてのお話をしていただいた。それは、無理に下腹に力を入れなくも、自然に入るので、ゆったりと、息を下にゆっくり吐いていくようなつもりで、静かに吐いていくことでよいということであった。
午後は、母の家に行く。もうひと月近く食事がとれない状態が続いているので、3日前からこんにゃく温湿布をしている。
3日前にお腹を触診すると、お腹の中心が上から下にかけて筋張って、硬くなっていたので、温めてみることにしたのである。その時は、肝臓と胃を、30分温めたが、胃の方が赤くならないので、もう30分温めたら少し赤くなった。背の腎臓にも30分温めた。
そのためか、翌日は、おかゆをお茶碗一杯食べることができたようである。しかし、また、その翌日から食べられなくなっている。
とりあえず、しばらく温めることを中心にしてみることにした。
母の家で2時間ほど、温湿布をし、帰宅してから、裏山散歩に出かけた。天気は良くないものの、山の空気はとても気持ちがよい。
一面の畑の道に出ると、遠くに梅の花がひとかたまりになって咲いている。こうした風景を見るだけでも、気持ちがゆったりとする。
山に入り、登り始めると、いつものように足が運ばす、とても重い。やはり、夜、トイレに何度も起きるのが続いていたので、ゆっくり寝ていないことが原因かもしれない。
やっと登りきると、平坦な丘陵の道を右に行く。登り切った寒桜は花を少し残すだけである。自然の時の流れは容赦がない。いつまでも美しく咲いてほしいと思っても、それは人間の思いである。
歩き始めると、ネコヤナギが伸びている。その向こうには、椿の木が、花を隠すようにしている。
一本桜のところに来ると、いつものように挨拶をし、その土手のスミレを探すと、ひっそり咲いてくれていた。
少し下り始めると、何と鶯が啼いた。上手になったように思う。一度泣いて、少し離れてまた啼いてくれた。
そこには、またヤマブキの花が、一つ二つ開き始めている。こうした瞬間があるので、この裏山散歩はやめられない。
微かな光をあつめたようなヤマブキの花の一輪二輪
(令和3年3月8日記)
令和3年4月2日(金)曇り
久しぶりに妻と裏山散歩に出る。桜を見ながらの散歩である。曇り空ではあるが、桜が咲いていると明るい。いつもの道から外れて、農家の庭に咲いている桜を二軒見ていく。なつかしいような裏道を通り、山の入り口に行く。
入り口には、何とシャガの花が一面に咲いている。暫くは、シャガの花を見ながら登っていった。うぐいすもよく啼いている。山の中が明るくなる。
登りきると、丘陵の道を左に折れる。妻と2人の時には、左の道をいく。土手に咲くヨモギを摘みながら、うぐいすは、右に左にと啼いてくれる。もうヨモギを摘むには少し遅いが、先端の柔らかい所をつまんでいった。
遠くの街を見下ろすと、陽の光が射している。
遠くの街を見下ろし 右に左にうぐいすの啼く
うぐいすの啼いている近くでヨモギ摘む
左右の畑の道から小さな湖へ通ずる道へ行く。右手の森の中にあり、道からは見えない。もう桜も今日が終わりか、散り始めている。土手には、八重桜が咲いている。ソメイヨシノのような華麗さないが、それはそれで、近付いて見ていると、その美しさが分かってくる。
そこを過ぎると、菜の花が一面に咲いている。菜の花は一つ二つでもいいが、こうして一面に咲いているのは、胸がいっぱいになるような満足を得られる。
遠くの山並みが一望できるところまで来ると、ここの風が何ともさわやかで、心地よい。思わず立ち止まって、山並みを見渡してしまう。
ここからの道は下っていくが、その土手にもヨモギがあるので、それを摘んでいった。
ヨモギ摘んでいく明るい夕空の道
道を下りきり、小さな流れの道に出ると、そのきれいな水の中でカモのつがいが、一緒にいる。ほほえましい。
透き通る流れのカモのつがいに日の暮れていく
(令和3年4月5日記)
令和3年5月23日(日)晴れ
朝から気持ちよく晴れ渡っていた。
いつもより早い時間の午後3半過ぎに家を出る。今日は相撲千秋楽であるからである。
道端には、昨日の雨が少し残っていて、ドクダミの花がしっとり白く咲いている。これは花ではないらしいが、どう見ても花にしか見えない。
栗の実も、たくさん道に落ちている。
小さな橋まで来ると、いつもの澄んだ流れではなく、水量が多く濁っている。橋の近くの道祖神さまも、体が乾き、優しい日差しの中にいる。
いつものように挨拶をしてから、畑への道に入っていくと、広々とした一面の畑に、夕日の中、ポツンと農夫がひとり黙々と作業をしている。
夕日の広がる一面の畑に農夫がひとり
山の入り口には、シロツメクサがもう盛りを過ぎて、元気をなくしている。山の中は、静かであるが、ずっと鶯が啼いてくれ、元気づけられた。
昨日の雨で、雨の流れる道ができており、あちこちに小枝が落ちていた。風も強かったので、少し大きな枝もある。こうして、枯れてきた枝は、自然に風が落としてくれるのである。
昨日は雨が強かったが、山の様子が知りたくて、山に入ったのである。雨の流れてくるのを避けながら歩いていく。小さい頃の土の道の時のことを思い出したりした。
さえずりも聞こえていたが、雨の中、どう過ぎしているのであろうかなどと思いながら登って行った。
今日も息を切らせて、丘陵の道まで登りきると、遠くの海や町が、明るく見えている。
鶯は、ずっと啼いてくれ、若葉をもれくる光の下を歩いていくのも、何ともさわやかな気分である。その光のさす空気を、思い切り吸い込めるのもうれしい。吹いて来る風も心地よく、なんだかうれしくなってしまった。
若葉の道は風も光も空気も何もかもうれしい
道沿いに咲いているハルジオンが、種を持ち始めはじめている。まま、アジサイが咲き始めている。ここのアジサイはみな青いが、これからが、また楽しみである。
蝶止まるハルジオンと揺れる
天気がよく、この新緑に囲まれた静かな山道を、ただ歩いていく楽しさが、本当の楽しさであろうと思う。
昨日の句会で、本当の楽しさと意識的な楽しさの話をさせていただいたが、本当の楽しさは、こうした静かな、淡いものである。
今日は、特に気持ちよく歩くことができた。これは、心境、環境が整わないと、味わうことはできないのであろうと思いながら、下って行った。
(令和3年5月24日記)
